日本の紙幣に選ばれたことのある歴史上の人物

今紙幣に選ばれている人は、野口英世、樋口一葉、福沢諭吉ですが、過去にはさまざまな歴史人物が紙幣に選ばれていました。若い方でも、夏目漱石や新渡戸稲造が紙幣だったことを知っている方は多いでしょう。ここでは紙幣になった歴史上の人物を全てご紹介して行きます。

目次

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1.一万円札に選ばれたことのある人物

聖徳太子

十七条の憲法などで有名な聖徳太子は、日本の紙幣に最も多く起用された人物です。

戦前から100円札に起用されており、戦後には1000円札と5000円札、1万円札にまで聖徳太子の肖像が使われています。

若い世代の人の場合には、見たことがないという人も多いですが、比較的年配の世代の人にとっては、お札の人物としての印象が残っている人物です。

福沢諭吉

福沢諭吉が1万円札の肖像に選ばれたのは1984年のことです。

それ以前までは、聖徳太子が1万円札に描かれていました。

現在ではすっかり一万円札のイメージが定着している人物で、一万円札と言えば「諭吉」と言う人がほとんどでしょう。

「諭吉」が一枚、二枚なんていう数え方もあります。

福沢諭吉と言えば、「学問のすすめ」を書いた方で、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」というフレーズが非常に有名です。

福沢諭吉が紙幣に選ばれた本当の理由!
▶︎福沢諭吉が一万円札の紙幣肖像画に選ばれた3つの理由

2.五千円札に選ばれたことのある人物

新渡戸稲造

旧5000円札の紙幣に選ばれていた新渡戸稲造は歴史上の人物の中ではそれほど知名度が高くありません。

学校の教科書には小さく名前が出ているものの、大々的に取り上げられることはありません。

そのため、旧5000円札を使用していたころでも、新渡戸稲造の名前を知らない人も多くいました。

しかし、旧国際連盟の事務次長を務めたことのある人物で、その功績が称えられて5000円札の紙幣に選ばれました。

退官後に貴族院議員にもなっています。

樋口一葉

新渡戸稲造の次に5000円札の肖像に選ばれたのが樋口一葉です。

小説家として有名で中学校や高校の歴史の教科書にも写真付きで掲載されています。

「たけくらべ」が特に有名な作品です。

自由民権運動で活躍した人物としても知られていて、男女同権の実現に尽力したとされています。

樋口一葉が紙幣に選ばれた本当の理由!
▶︎樋口一葉が五千円札の紙幣肖像画に選ばれた3つの理由


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3.千円札に選ばれたことのある人物

日本武尊

戦後間もない時期にインフレに備えて初めて1000円札が作られました。

その1000円札の肖像に選ばれたのが日本武尊です。

「ヤマトタケル」と読みます。

古墳時代に活躍した皇族で、大阪府堺市に像が立てられています。

伊藤博文

伊藤博文の1000円札は、やや年代が上の人なら使ったことがあるという人も多いでしょう。

伊藤博文は明治時代に日本の初代内閣総理大臣になった人物です。

旧長州藩出身ですが、それほど高い身分の出ではないにもかかわらず、首相になったということでも有名です。

勧告統監府の初代統監に就任したことや、韓国銀行を設立したという実績も評価されています。

しかし、歴史上、満州のハルビン駅で安重根に暗殺されました。

夏目漱石

夏目漱石の1000円札は比較的若い世代の人でも、使ったことがある紙幣となっています。

小説家としての評価が高く歴史に名を残した人物です。

「坊ちゃん」や「吾輩は猫である」が代表作で、読んだことのある人も多いでしょう。

野口英世

現在の1000円札に肖像画が使用されている野口英世は医師として活躍しました。

子どものころに大やけどを負ったことが原因で、片手の指が繋がってしまったことがきっかけで医師を志しました。

貧しい家の出でありながらも非常に優秀で、医師になった後は、伝染病の研究などに尽力しました。

晩年は、アフリカで黄熱病の研究をしている最中に、自らも感染してしまい亡くなりました。

しかし、さまざまな功績が称えられて、1000円札の肖像に選ばれたとされています。

日本国内だけでなく、海外においても医学者として非常に有名です。

野口英世が紙幣に選ばれた本当の理由!
▶︎野口英世が千円札の紙幣肖像画に選ばれた3つの理由

4.今は存在しない!五百円札、百円札、五十円札、一円札に選ばれたことのある人物

岩倉具視

幕末から明治維新にかけて活躍した政治家。

公武合体を唱え、欧米を視察したことで功績が評価され、500円札の肖像に選ばれたことがあります。

歴史の教科書に載っている有名な人物です。

高橋是清

高橋是清は、明治、大正、昭和で活躍した官僚、政治家です。

留学時に、奴隷として売り飛ばされたことがあることでも有名です。

功績として、主に大蔵大臣の時に、2度の恐慌を沈静させたことです。

この財政政策の功績が評価され、50円札に選ばれました。

総理大臣にも選ばれたことがありますが、手腕は振るわず、約7カ月で退任。

最終的には、二・ニ六事件で暗殺され、その生涯を終えました。

板垣退助

旧土佐藩出身で戊辰戦争で活躍しました。

明治維新後には、自由民権運動で中心的な役割を果たしたことが評価され、50銭紙幣、100円札の肖像に選ばれたことがあります。

歴史の教科書に載っており、長い髭が特徴的です。

二宮尊徳

貧しい農家に生まれながらも、苦学して勉学に励んだ人物です。

1946年時に、1円札として選ばれたことがあります。

古い学校などには、二宮尊徳の銅像が置いてあることもあります。

本を読みながら荷物を背負って歩いている様子です。

通称の二宮金次郎という呼び名の方が有名です。

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5.戦前の紙幣

戦前には神功皇后菅原道真武内宿禰和気清麻呂中臣鎌足(または藤原鎌足)の肖像画が紙幣に選ばれていました。

日本で初めて登場した肖像入りの紙幣は神功皇后の1円札で、明治14年のことです。

まとめ

こちらが紙幣として選ばれたことのある全ての人物となっています。

二千円札として、紫式部の紙幣が出回っていることも忘れてはいけません。

次の紙幣として、誰が選ばれるのか注目ですね。

投稿者:

kou

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