ソニー生命ができた3つの経緯

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日本の生命保険を変えると参入したソニー生命。当時は、生命保険の世帯加入率も90%を超えていた時代でした。ほとんどの人が大手の生命保険会社に加入している中で、なぜSONYは生保に参入することになったのでしょうか?
本記事ではソニー生命ができた経緯についてみていきましょう。

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1.創業者、盛田昭夫のひらめき

SONYの創業者の一人に盛田昭夫氏がいらっしゃいます。

SONYといえば、ソニー生命が誕生する前後でも、世界のSONYと呼ばれるほど、音響や家電の分野では輝ける実績を残していた会社です。SONYのブランドは今でも通用しますし、当時も絶大な信頼とカリスマ性があったわけです。

創業者の盛田昭夫はSONYがまだ中小企業だったころ、アメリカシカゴでの生命保険会社のビルを見て金融業を始めたいという想いが芽生えたそうです。単純な動機だったのかもしれませんが、その頃の想いがついに花開くとは起業を目指す人には夢のある話かもしれません。

もちろん、金融機関を持てば企業の信用が高まり、資金調達も容易になることは経営者であれば誰にでもわかることです。これがソニー生命誕生のきっかけでした。

2.「ライフプランナー」の誕生は革命的だった

そして、SONYが日本の家電やエレクトロニクス製品のリーダーとなったころ、ついに生命保険業に参入することになりました。

1981年当時は、ソニー生命ではなく、米プルデンシャル生命との合弁でのスタートでした。全くの異業種からの参入は、アメリカのSONYの日本人社長を起用し、素人目線での生命保険業のプロジェクトをスタートさせたわけです。
さらに既存の生保のビジネスとは全く違って生命保険のプロフェッショナルとして、豊富な知識を持ちコンサルティングスキルを高めた「ライフプランナー」が誕生しました。

当時は異業種からの数十名のライフプランナーが誕生したことで大きな話題となり、SONYらしさが大変よく出たオリジナル営業で契約件数を積み上げていきました。ソニー生命の営業マン「ライフプランナー」の快進撃により、生保業界でも5本の指に入るまでに成長しました。


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3.SONY本体を支える金融部門でキャッシュを生み出すソニー生命

当時の既存生保の加入率が90%だったことを考えると、その牙城を崩すことができたソニー生命には盛田昭夫の強い意志と当時のSONYの営業マンのスキルや熱意の強さが伺えますね。

そんなソニー生命も営業開始から30年以上経ち、総資産も5兆円を超えるまでに成長しました。経常収益も1兆円を超えていますが、SONY連結全体では、エレクトロニクス事業の不振を補えないケースも多くなっています。金融部門、特にソニー生命の大成功があるからこそ、大胆な経営戦略が打てるともいえるのではないでしょうか。

創業時からの盛田昭夫の夢が実現し、経営基盤と財務基盤を盤石にすることができたのも、盛田昭夫の考え通りだったことはさすがだと言わざるを得ません。全盛期のSONYに比べると、翳りが見えてきたことは残念ですが、金融部門の好調さは新しいSONYの展開を期待するべきでしょう。

ソニー生命 公式ホームページはこちら

あとがき

ソニー生命といえば、知的な営業マン「ライフプランナー」。今では当たり前になった職種も、当時は既存生保との販売競争に苦戦する日々だったに違いありません。しかし、盛田昭夫の強いリーダーシップのもと金融部門を持つ夢を全社で実現できたことにより、今のSONY内でのソニー生命の地位も確立し、安定した業績を維持することができています。業界でも屈指のソニー生命の今後の展開がおおいに期待されますね。近々ソニー生命のサービス内容について詳しく説明致しますのでどうぞよろしくお願い致します。ここまでご覧いただき誠にありがとうございました。

投稿者:

masariya

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