日本株式の相場に激震を与えた5つの大事件

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株式相場は上昇と下落を繰り返し、基本的に単調です。しかし相場の激動は必ずどこかで起こるものであり、その時に素早い対処をすれば利益を得ることは容易と成ります。
本記事では戦後に起きた相場が激変した事例の要因・騰落状況をみていきます!過去の事例と共にいつか起きるであろう株式の激動に備えましょう。

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戦後の日本と株式

日本株式の始まり

戦後1949年5月に株式取引が再開しました。日本経済はその翌年始まった朝鮮戦争の特需で潤い、その後株式の堅調な上昇と伴に経済が発展していきます。
この期間は日本にとって、非情に幸運な時期だったといえるでしょう。

その頃世界では…

その一方で、世界は東西冷戦の最中、経済再生・発展は二の次でした。

日本は易い労賃で製品を次々に輸出していき、貿易黒字が常態化していました。
また国内のインフラ整備も急ピッチで進行し内需関連も好調。
唯一1979年の第一次オイルショックの為に物価高20%強のスタグフレーションと、戦後初めてのマイナス成長と経済的に黄色信号が灯ったこともありましたが、直ぐに回復しました。

株価もこの時期一時的膠着感がありましたが、概して堅調な上昇局面は変わりませんでした。

第1の事件.バブル景気崩壊

冷戦終結後の競争開始

バブル経済最盛期には、国民の投資意欲が非常に加熱していました。株式価値はその企業が挙げる収益に由来し、これが配当という形、また事業規模拡大による株式価値の増大という形で株主に返還されます。
本来は、株主から集めた資金で事業を起こし、その収益で賄うものです。

ところで、この収益と現在の株式価値の適切性を知るために「PER」という指標があります。

当時のPERは?

現在の日経平均の「PER]はだいたい、16倍〜17倍で、この数値が大きいほど株式は割高です。バブル最盛期、「PER」は80倍以上でした。そして、その少なすぎる収益は、冷戦終結により、グローバル化の世界競争が始まり、どんどん小さくなり、気が付くと投資意欲が一機に破裂した訳です。

1989年12月、バブル絶頂期38,786円で破裂した株価は、半年後約▲14%となり、1年後には約▲35%と縮小してしまいました。


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第2の事件.アジア通貨危機

日本に間接延焼

1996年以来

  • タイ
  • マレーシア
  • インドネシア
  • 韓国

といった経常収支が悪かった国々の状況等を見たヘッジファンドが、それらの国の通貨を空売りして収益を上げる行動をとりました。これらの国にとってそれは、自国資産の急激な海外流出と不況を確信しえるものだったのです。

各国、中央銀行等当局は、通貨の買い支えで抵抗しましたが、資産家・財閥等が資産を安全にすることを第一に考え、国家の破綻を防ぐ気がまるで無かったため、為替の下落と資産の海外流出が止まりませんでした。

日本はその時どうしたのか?

最終的は、IMFが資金を供給する変わりに、各国では、緊縮策が強制されました。
日本ではこれらの国を助けるため資金出動を行い減資しました。この時期、国内の消費増税、財政緊縮と三重苦となったため、株価の急落と山一証券の破綻等が起こることに。

アジア通貨危機の勃発時,1997年7月以来日経平均は、半年で約▲30%縮小しました。

第3の事件.りそな銀行国有化

郵政選挙に続く小泉改革

当時、バブル崩壊以降収益後退のため焦げ付いた企業債権を銀行は多く抱えており、処分するにも資金不足に陥るため更なる融資物件を探す体力を欠いていた実情がありました。
これを打破するために小泉政権の金融庁長官だった竹中平蔵氏は、状況の劣悪な「りそな銀行」を選んで国有化しました。

株価に大きな影響が

その後、金融指導を各行に対して厳しく行い、不良債権に対しては処分をする準備として充分な貸倒引当金を積む等の施策や、不良債権を持つ対象企業をランク別に分け、其れぞれに応じた対応をさせました。
そして一部企業処理の進展とともに、銀行に対して、最悪でも国有化であれば潰れることは無いという安心感も手伝って、株価上昇が始まりました。

結果、郵政解散選挙後に至る、さらなる株価上昇がみられました。2003年5月のりそな国有化以降、半年で36%、1年で47%、3年で217%株価が上昇しました。

第4の事件.リーマンショック

サブプライム問題発火

サブプライムローンは、担保主の収入以上の利息をローンに付け、資産価値が下がれば、確実に破綻することが分かっている商品を売りさばく劣悪なものです。それだけでしたら、担保があるから問題ないということですが、リーマン等投資銀行は、これら劣悪な商品をバラバラに分割して欧州を初め、世界中の優良債権の中に、「有機的に」潜り込ませます。

結果どうなったのか

サブプライムローンの焦げ付きが起こると、世界中の優良債権の破綻に結び付く、最悪のビジネスだったのです。

その結果、グローバルに展開する世界中の銀行が、債権の融資、返済に関して、「凍結」と言う処置で資産防衛を図り、結果、莫大なリセション、金融硬直化、に結び付いてしまいました。金銭の市場流通が、枯渇した状況と言って良いでしょう。

2008年9月15日のリーマンブラザーズ破綻以来、日経平均は、半年で約▲42%ほど収縮しました

第5の事件.アベノミクス相場

外人投資家の15兆円

アベノミクスによる経済政策の効果は、初期に置いて凄まじいものがありました。2012年12月の政権発足時、9,376円だった日経平均を、僅か半年で15,942円と70%も急上昇させています。何れにしろ、日本の株式相場でトレードを行う量を比べると、70%は外国人投資家であり、2013年度に掛け、外国人投資家は15兆円も日本株を買い越しました。

株価には緊縮より放漫

2013年度のGDP伸び率を安倍政権は、当初、アメリカを凌ぐ3%の中くらいになると喧伝していましたが、結果が、1.52%で、かなりの数の激怒した外人投資もいたと聞きます。五輪と復興等を目標に公共事業を大乱発したのは放漫財政ですが、株価には放漫な方が緊縮より良い様です。

(freeman)

あとがき

戦後実際に発生した狂乱相場とは、日本株式の問題にして国内の問題とグローバルスケールの問題が同時に関与していました。個人としてはこれからの国内外の金融・経済に目を開くことが、今後の鍵になると思っています。本記事では株価の変動ついての原因と結果を紹介致しました。これからの株価の動向について参考にして頂ければ幸いです。近々日本株式だけでなく外国為替の変動が起きた事件についても更新予定ですのでどうぞよろしくお願い致します。

投稿者:

kou

編集長をしております。このサイトでは「お金」というキーワードをもとに 経済、金融、投資、クレジットカード、電子マネー、実物資産、貨幣、通貨などの様々な情報を発信。皆様のお役に立てる様に努めてまいりますのでどうぞよろしくお願い致します。